セカイサンポ2 : プノンペン(カンボジア) ARCHVES
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僕の宿泊していたホテルの2階の吹き抜けの場所にマシンが置いてあります。

ただ、10日間の滞在中、使っている人を見たことがありませんでした。

この場所は宿泊客が通ることも原因がありそうです。

特に奥に立てかけてあるフラフープを、おじさんがやっているところを何度も想像しました。

何故、この場所に作ったのか気になります。

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現国王が住む王宮とシルバーパゴダに行った際、日本語の説明がある場所を見つけました。

どうして全てひらがなにしたのでしょうか?

このひらがなが逆に心に響くので、気になるんですよね。

「たみのいたみであるからそこ」…という「そこ」が惜しいです。

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夕暮れ時のメコン川の遊覧船にも乗りました。

夕陽はもちろんですが、水上村も見たりと、2時間5ドルは安いです。

いろいろな種類の船も見ることができます。

写真のような船を結構、見るんですよね。

こういう状態の船を何艘も見るので、隣で僕と同じように1人でビールを飲んでいた欧米人に「沈んでますよね?」と思わず聞きそうになりました。

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誰が、どういった時に着るんでしょうね?

毎日、通り過ぎる度に見ていました。

もし、次の場所に行かないで日本に帰るんだったら、ひょっとしたら買っていたかもしれません。

昔、シンガポールのインド人街でそういうことがあり、結局、仕立ててもらったことがあります。

気にはなりますが、次の場所に移動します。

 

 

 

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歯医者の看板が目立つ街です。

この街には華僑の方も多いので中国語でも書かれています。

それにしても華僑華人って多いですね。

今、世界には4000万人の華僑華人がいらっしゃいます。

昨年、僕が行った国の中で比較するとリトアニアとウルグアイの国の人口より多いです。

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この看板だけを見ているだけでもかなり楽しい街です。

これなんて入れ歯なのかと思いますよね。

そうそう、昔、入れ歯の歴史を調べたことがあるんですが、木の歯だったらしいです。

今、調べ直したら、その入れ歯は1538年に亡くなった和歌山の尼僧がつけていたそうです。

1538年というと室町幕府の時代ですね。

 

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こういうタイプの看板も多いです。

こうなると歯医者というより

「歯を抜きまっせ」という感じに見えますよね。

そういえば、僕の通っている歯医者の先生はカンボジアにボランティアで治療に行った話では、この国の治療も抜くことが多いとおっしゃっていました。

 

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虫歯になって歯を抜くことにならないように大切にしようというブームがこの街に来ているのかもしれません。

ボロボロの車が多い中、妙にこの車が目立っていました。

2年くらい前でしたでしょうかぁ。

コルゲートの海賊版話がありましたよね。

それが発展途上国じゃなくてカナダっていうので意外だった記憶があります。

 

 

 

 

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この街自体に、どこか戸惑いを感じるのは、内戦等の歴史が多かったせいかもしれません。

ポルポト政権時代、政治犯の為のトゥールスレン収容所は、そのまま残されています。

1970年代半ば、ポルポトが代表を務めるクメール・リュジュは極端な共産主義を掲げました。

 

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彼らは、何かにつけて反革命の容疑をかけては、学校を改造したこの収容所に送り込んだのです。

特に知識人は収容され、理由もなく拷問、処刑されることが多かったそうです。

ポルポト政権は、「腐ったリンゴは、箱ごと捨てなくてはならない」と言い、当時の大人達を全て殺し、小さな子供だけを隔離して集めて共産主義の教育をするということを真剣に考えていたようです。

 

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小さな部屋に収容され、拷問され、挙句には殺されてしまう。

こうして、当時の国民の4分の1にあたる170万人もの人が虐殺されたと言われています。

その後、ベトナムの進軍により崩壊をたどっていき様々な過程を経て、1998年に東洋のヒトラー「ポルポト」は亡くなっています。

 

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当時の絵が、妙に僕の頭に残り、その後、自分がつながれる夢を見ました。

ちょうど先週から、この収容所の所長の特別法廷が始まりました。

この特別法廷の運営予算に、日本がかなり援助しているようです。

暗いお話ですが、負の遺産も直視していかねばと思いながら、元収容所内を歩かせていただきました。

これからのカンボジアを期待しながら…。

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何の看板かわかりますか?

今さらですが、カンボジアはインドの文化を受けたクメール語という文字を使用します。

きっと文字はどうでもいいですね?

やはり、顔に目がいきますよね?

僕の実家の岐阜県の柳ヶ瀬あたりで、スナックのママをやっている方にいらっしゃいそうですよね。

 

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美容室の看板です。

写真ではなく、イラストで書かれています。

ちょっと80年代の香りがします。

80年代と言えば、7、8年ほど前、ミャンマーで髪の毛を切ったとき、80年代の日本のヘアカタログ雑誌から髪型を選ばさせられたことがあります。

 

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男性の看板も出ている男女兼用のこの美容室で髪の毛を切りました。

やる気のないお姉さんが、カンボジアのドラマを見ながら、切ってくれました。

ドラマと言えば、ホテルの近くの中華料理屋で日本のドラマ「鬼嫁日記」のクメール語吹き替えを拝見しました。

でも、途中で店員に映画の専門チャンネルに変えられました。

 

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そして、僕は、こんな髪型になりました。

あんまり自分の顔を出してくたいのですが、美容室の連載をしている雑誌の担当編集者が、撮れ、撮れとおっしゃるので、最近、髪の毛を切ると自分で両手を伸ばして撮っています。

いざ撮ってみるとブログにアップしたくなるというタチの悪い中年男です。

本当は雑誌に出す予定なのに。

「BOB」編集部様、先にブログで出してしまいスミマセン!

 

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この街で歩く以外の移動手段です。

もちろん、バスや車のタクシーもありますが、バイクタクシーの方が一般的です。

ホテルやスーパーから出てきたら、必ずと言っていいほど、「タクシー?」と声をかけてきます。

おばちゃんの指図の仕方がいいですね。

「行け~!」

と言っているようにも見えます。

 

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トゥクトゥクも一般的です。

空港から来るときは、ホテルの迎えの車があったので使っていませんが、帰りは使おうと思い、交渉で4ドルで成立しました。

ホテルで予約すると9ドルなので、そう考えると安いですよね。

5ドルあれば、川沿いのよく行くバーのハッピーアワーで生ビールが5杯も飲めてしまいます。

 

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ベトナムでおなじみのシクロもあります。

まぁ、昼下がりは客が乗るところに運転手が寝ていることが多いですが…。

シクロってブレーキがハンドルについていなくて、サドル部分で引っ張るタイプが多いんですね。

 

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そして、象です。

嘘です。

いきなり現れたのでビックリしたぁ。

しかも悠々とT字路を他の車やバイク、自転車と一緒に渡っていきましたよ。

まぁ、インドには象タクシーがありますけどね…。

 

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いい感じで青信号の人が動くので撮ってみました。

うまく連写できなかったので、絵の順番で行きますね。

そうえいば時間表示の信号機って名古屋で以前、試験中のものを見たのですが、その後、全国に広がっているのでしょうかぁ?

 

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ジョギングしているように見えます。

そういえば、このところ走っていません。

この間、帰ったとき、飲みながらホノルルマラソンに出る約束したような気が…。

マラソンといえば、間寛平さんがアースマラソン20000キロに出発しましたねぇ。

今、ブログを拝見したら、海の上で太平洋横断中でした。

 

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この信号では、この形が一番、好きですね。

以前、靴の連載でインタビューさせていただい陸上の為末選手は、カフェでコーヒーを飲みながらガラス越しに人が歩いたり、走ったりするフォームを見るのが好きだとおっしゃっていたのですが、このフォームどうでしょうかねぇ。

ちなみに為末選手は、アスファルトの食いつきにかなりうるさいです。

一番、好きなアスファルトの食いつきは福岡の博多にあるそうです。

 

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この絵のあと、次にジャンプしそうなんですよね。

でも、そんなことはなく元の絵に戻るんですけど。

ふと信号機を発明した国ってどこだろうって思い、ネットで調べてみたら、1800年代半ばにイギリスでは信号機ができてたんですね。

これまたちなみに日本は1930年に日比谷が最初だそうです。

 

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花粉症の皆様、そろそろ花粉の季節がやってまいりましたね。

イシコも花粉症だそうですが、お蔭さまで東南アジアを旅しているので杉の花粉症からは解放されているようです。

一応、東南アジアの方々にも、別の花粉症が存在するんですぞ。

それはともかく今日は、プノンペンの名前の由来について僕がお話します。

 

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14世紀末頃、この街は洪水となり、上流から4体の仏像が流れてきました。

敬虔なペンさんというご婦人が、近くの丘に寺院を作って仏像を安置しました。

この場所を「ペンの丘」と呼ぶようになり、それがいつしか街の名前となったわけです。

「丘」というのをクメール語で「プノン」といい、つまりプノンペンになるのです。

今も丘には寺院と写真のような仏塔が残っています。

 

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寺院の中には、メインの仏像の周囲に顔がそれぞれ違う小さな像があるので、自分の好きな像を選んでみるのも面白いですぞ。

像といえば、顔の違いではなく、菩薩像やら如来像やら大乗仏教は、たくさん像に種類があるのに、カンボジアの上座部仏教つまり小乗仏教には、像の種類が少ないようです。

 

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まぁ、とにかくお参りしてきてくださいな。

僕は、ここで寝ながら待っているからさぁ。

そうそう、丘のどの部分から上から入場料がいるのか曖昧だけど、一応、受付の人がいて1ドルいるから用意しておきなよ。

と、ここまでペンの丘の猿がお伝えしました。

 

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歩道を歩かせてもらえません。

歩道にど~んと店出しちゃうんですもんね。

まぁ、それは東南アジアではよくあることなので、通り抜けるだけですが…。

しかも、こんなに名刺屋の露店が出るということは、それだけ需要があるんでしょうか。

作っている人を今のところ、見たことがありません。

 

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歩道を歩かせてもらえません。

まぁ、車の脇を通ればいいんですよね。

歩道にど~んと車が乗りあげてきますもんね。

これはカンボジアの霊柩車です。

国民の9割以上、上座部仏教らしいです。

 

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散歩させる気がありません。

歩道をセメントの袋で通せんぼです。

まぁ、飛ぶかよければいいんでしょうが…。

プノンペンは建築ラッシュのようで、建設中の新しいアパートやらマンションが多いです。

 

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歩道を歩かせる気がありません。

手前はともかく向こう側は、飛ぶこともよけることもできません。

全てココナッツの皮です。

ココナッツの皮を燃料にしたり、ココナッツの皮の墨もあります。

これで燻して匂いをつけることもあるそうです。

そんなことはどうでもいいです。

もう少し、のんびり歩道を歩かせてくれませんかねぇ。

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プノンペンに到着して最初にシャッターを押した写真です。

プノンペンの予習を全くしていない僕は、この子供より知識がないと思います。

ドラッグを使用するストリート・チルドレンが多いとは聞いています。

彼女は違いますが…。

 

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ポル・ポト政権による大虐殺という暗い過去の歴史を持っています。

その歴史も僕もそこまで詳しくないので、今回、その暗闇の歴史にも触れてみたいと思います。

そういう歴史はこの子達には、どう伝えられるのでしょうか?

 

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意外に食べ物は今のところ、これといったカンボジア料理に出会っていません。

隣国ベトナムの食事に似たフォーがあったり、隣国タイの食事に似たソムタムがあったりと…。

そろそろ彼女たちのような売り子からも買ってみようと思います。

どうやら小海老を揚げたもののようです。

 

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とにかく暑いです。

最高気温が35度くらいだそうですが、アスファルトの照り返しで40度近くいっているので街歩きには不向きです。

少しの陰でも利用したいおじさんの気持ちがよくわかります。

既に現地のアンコールビール3本目です。

なぜかスーパーでアサヒスーパードライの缶ビールが安くて60円くらいで買うことができます。

 

「ヤギと子供と男と小屋と」ヤギプロジェクト公式HP