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この街自体に、どこか戸惑いを感じるのは、内戦等の歴史が多かったせいかもしれません。

ポルポト政権時代、政治犯の為のトゥールスレン収容所は、そのまま残されています。

1970年代半ば、ポルポトが代表を務めるクメール・リュジュは極端な共産主義を掲げました。

 

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彼らは、何かにつけて反革命の容疑をかけては、学校を改造したこの収容所に送り込んだのです。

特に知識人は収容され、理由もなく拷問、処刑されることが多かったそうです。

ポルポト政権は、「腐ったリンゴは、箱ごと捨てなくてはならない」と言い、当時の大人達を全て殺し、小さな子供だけを隔離して集めて共産主義の教育をするということを真剣に考えていたようです。

 

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小さな部屋に収容され、拷問され、挙句には殺されてしまう。

こうして、当時の国民の4分の1にあたる170万人もの人が虐殺されたと言われています。

その後、ベトナムの進軍により崩壊をたどっていき様々な過程を経て、1998年に東洋のヒトラー「ポルポト」は亡くなっています。

 

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当時の絵が、妙に僕の頭に残り、その後、自分がつながれる夢を見ました。

ちょうど先週から、この収容所の所長の特別法廷が始まりました。

この特別法廷の運営予算に、日本がかなり援助しているようです。

暗いお話ですが、負の遺産も直視していかねばと思いながら、元収容所内を歩かせていただきました。

これからのカンボジアを期待しながら…。

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