セカイサンポ2 : 2009年2月 ARCHVES
セカイサンポ2 : バンコク(タイ)
[ UPDATE : 2009/02/28 ]

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バスに乗りまくっています。

最初は、インフォメーションセンターで行きたい場所を告げ、バスの番号を聞いて乗りました。

その後はホテルの近くのバス停に書かれている番号を覚えていて、散歩の途中で同じ番号のバスを見つけたら乗ってみるということを続けております。

逆に乗ってしまっていることもありますが、そしたら、また反対側で乗ればいいだけのことです。

来るときは同じ番号が続けてくるし、来ないと全然、来ません。

30分以上待ったこともあります。

 

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バスに乗ると車掌さんが乗車賃を取りに来ます。

エアコンの無いバスは、統一料金なので楽です。

原油価格によって乗車賃もよく変わるし、昼と夜で値段が違ったりして…、つまり、正確な値段がわかんないのですが、10バーツ(約30円)も出せばお釣りがきます。

未だに理由がわからないのですが、時折、回収しないときがあります。

3,4回はタダで乗っています。

 

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エアコンのバスの場合は、行先によって値段が違います。

快適なのですが、車掌さんに英語で行先を告げても通じないことが多々あります。

ホテルやインフォメーションセンターで、メモ帳に行先をタイ語で書いてもらってみせるのが確実です。

たいてい20バーツ(約60円)支払えば、お釣りがきます。

 

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行先も決まらず、乗る時は、エアコンなしのバスに乗ります。

行先が決まっている時はエアコンありのバスに乗ります。

ただ、同じ行先のバスでもエアコンありとなしでバスの番号が違うのでご注意ください。

後、エアコンなしのバスに乗り、座席が選べるほど、空いている場合は直射日光の当たる方は避けましょう。

渋滞で動かない時の直射日光ほど暑いものはありません。

 

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バンコクの街を歩いていると上記のステッカーをよく見かけます。

BNEって何でしょう?

BAE=高離着陸性能の飛行機

BBE=サウンド技術の優れた会社

BEE=みつばち

 

 

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バス停にも貼られています。

BFE=マスクにおける最近の濾過率

BIE=国際博覧会条約の略称

BME=ボディピアスやタトゥなどの愛好家の画像や体験談から成り立つWEBサイト

 

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英語バージョンも見つけました。

と同時に順番に、インターネットで「N」の部分を順番に入れかえて遊んでいるとBNEのところで出てきました。

ウィキペディアによると池袋、新宿、渋谷などの繁華街で見られ、貼っているところの目撃情報はなく、個人なのか団体なのかもわからないのだそうです。

 

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このバージョンも見つけましたが、これが通常のパターンのようです。

日本やバンコクだけではなく、香港、クアラルンプール、台湾、サンフランシスコ、ニューヨーク、バルセロナ、ミラノ、アムステルダムなどで目撃され、サンフランシスコでは市長が懸賞金2500ドル(約25万円)をかけるという騒動にまで発展しているそうです。

 

セカイサンポ2 : バンコク(タイ)
[ UPDATE : 2009/02/26 ]
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次のインドのビザを取得しようとバンコクのインド大使館に立ち寄りました。

しかし、申請から中3日かかると言われました。

つまり月曜日申請で金曜日です。

ちなみにバンコク到着が金曜日の夕方でした。

ということで僕は、1週間、バンコクに滞在することになってしまいました。

まぁ洗濯物もたまっていたので、よかったかもしれません。

 

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ムエタイでも習ってみようかなぁと見学に行ってみました。

でも、見ているだけで喉が乾き、ボーっと見ながらコーラを飲んでいました。

スタジアムに試合を観に行くと、試合前のワイクルーと呼ばれる踊りが長いのが苦手です。

最初は興味深く見ているのですが、3時間以上観ているとさすがに飽きてしまいます。

だから、スパークリングを見ている方が僕には合っているのかもしれません。

 

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シアターガイドの連載用に芝居も何本か観たいとは思っています。

昨年、バンコクで観たエンターテイメントショー「サイアムニラミット」。

この劇場はギネスにも登録されている世界最大の劇場でした。

今回は、仮面劇とニューヨークから来ているミュージカル「シカゴ」のタイバージョンを観たいと思います。

 

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でも、結局のところ、たくさん眠ると思います。

昼寝もすると思います。

このところ毎日10時間くらい眠っています…と書いたら、

7時間睡眠が一番よくて、8時間、9時間と長くなるにつれ死ぬリスクが高くなり、10時間で一気に死ぬリスクが高くなるという学術結果が出ているというのを知人からメールでいただき、今、焦っているところです。

 

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僕の宿泊していたホテルの2階の吹き抜けの場所にマシンが置いてあります。

ただ、10日間の滞在中、使っている人を見たことがありませんでした。

この場所は宿泊客が通ることも原因がありそうです。

特に奥に立てかけてあるフラフープを、おじさんがやっているところを何度も想像しました。

何故、この場所に作ったのか気になります。

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現国王が住む王宮とシルバーパゴダに行った際、日本語の説明がある場所を見つけました。

どうして全てひらがなにしたのでしょうか?

このひらがなが逆に心に響くので、気になるんですよね。

「たみのいたみであるからそこ」…という「そこ」が惜しいです。

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夕暮れ時のメコン川の遊覧船にも乗りました。

夕陽はもちろんですが、水上村も見たりと、2時間5ドルは安いです。

いろいろな種類の船も見ることができます。

写真のような船を結構、見るんですよね。

こういう状態の船を何艘も見るので、隣で僕と同じように1人でビールを飲んでいた欧米人に「沈んでますよね?」と思わず聞きそうになりました。

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誰が、どういった時に着るんでしょうね?

毎日、通り過ぎる度に見ていました。

もし、次の場所に行かないで日本に帰るんだったら、ひょっとしたら買っていたかもしれません。

昔、シンガポールのインド人街でそういうことがあり、結局、仕立ててもらったことがあります。

気にはなりますが、次の場所に移動します。

 

 

 

[ UPDATE : 2009/02/24 ]
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歯医者の看板が目立つ街です。

この街には華僑の方も多いので中国語でも書かれています。

それにしても華僑華人って多いですね。

今、世界には4000万人の華僑華人がいらっしゃいます。

昨年、僕が行った国の中で比較するとリトアニアとウルグアイの国の人口より多いです。

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この看板だけを見ているだけでもかなり楽しい街です。

これなんて入れ歯なのかと思いますよね。

そうそう、昔、入れ歯の歴史を調べたことがあるんですが、木の歯だったらしいです。

今、調べ直したら、その入れ歯は1538年に亡くなった和歌山の尼僧がつけていたそうです。

1538年というと室町幕府の時代ですね。

 

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こういうタイプの看板も多いです。

こうなると歯医者というより

「歯を抜きまっせ」という感じに見えますよね。

そういえば、僕の通っている歯医者の先生はカンボジアにボランティアで治療に行った話では、この国の治療も抜くことが多いとおっしゃっていました。

 

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虫歯になって歯を抜くことにならないように大切にしようというブームがこの街に来ているのかもしれません。

ボロボロの車が多い中、妙にこの車が目立っていました。

2年くらい前でしたでしょうかぁ。

コルゲートの海賊版話がありましたよね。

それが発展途上国じゃなくてカナダっていうので意外だった記憶があります。

 

 

 

 

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この街自体に、どこか戸惑いを感じるのは、内戦等の歴史が多かったせいかもしれません。

ポルポト政権時代、政治犯の為のトゥールスレン収容所は、そのまま残されています。

1970年代半ば、ポルポトが代表を務めるクメール・リュジュは極端な共産主義を掲げました。

 

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彼らは、何かにつけて反革命の容疑をかけては、学校を改造したこの収容所に送り込んだのです。

特に知識人は収容され、理由もなく拷問、処刑されることが多かったそうです。

ポルポト政権は、「腐ったリンゴは、箱ごと捨てなくてはならない」と言い、当時の大人達を全て殺し、小さな子供だけを隔離して集めて共産主義の教育をするということを真剣に考えていたようです。

 

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小さな部屋に収容され、拷問され、挙句には殺されてしまう。

こうして、当時の国民の4分の1にあたる170万人もの人が虐殺されたと言われています。

その後、ベトナムの進軍により崩壊をたどっていき様々な過程を経て、1998年に東洋のヒトラー「ポルポト」は亡くなっています。

 

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当時の絵が、妙に僕の頭に残り、その後、自分がつながれる夢を見ました。

ちょうど先週から、この収容所の所長の特別法廷が始まりました。

この特別法廷の運営予算に、日本がかなり援助しているようです。

暗いお話ですが、負の遺産も直視していかねばと思いながら、元収容所内を歩かせていただきました。

これからのカンボジアを期待しながら…。

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何の看板かわかりますか?

今さらですが、カンボジアはインドの文化を受けたクメール語という文字を使用します。

きっと文字はどうでもいいですね?

やはり、顔に目がいきますよね?

僕の実家の岐阜県の柳ヶ瀬あたりで、スナックのママをやっている方にいらっしゃいそうですよね。

 

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美容室の看板です。

写真ではなく、イラストで書かれています。

ちょっと80年代の香りがします。

80年代と言えば、7、8年ほど前、ミャンマーで髪の毛を切ったとき、80年代の日本のヘアカタログ雑誌から髪型を選ばさせられたことがあります。

 

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男性の看板も出ている男女兼用のこの美容室で髪の毛を切りました。

やる気のないお姉さんが、カンボジアのドラマを見ながら、切ってくれました。

ドラマと言えば、ホテルの近くの中華料理屋で日本のドラマ「鬼嫁日記」のクメール語吹き替えを拝見しました。

でも、途中で店員に映画の専門チャンネルに変えられました。

 

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そして、僕は、こんな髪型になりました。

あんまり自分の顔を出してくたいのですが、美容室の連載をしている雑誌の担当編集者が、撮れ、撮れとおっしゃるので、最近、髪の毛を切ると自分で両手を伸ばして撮っています。

いざ撮ってみるとブログにアップしたくなるというタチの悪い中年男です。

本当は雑誌に出す予定なのに。

「BOB」編集部様、先にブログで出してしまいスミマセン!

 

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この街で歩く以外の移動手段です。

もちろん、バスや車のタクシーもありますが、バイクタクシーの方が一般的です。

ホテルやスーパーから出てきたら、必ずと言っていいほど、「タクシー?」と声をかけてきます。

おばちゃんの指図の仕方がいいですね。

「行け~!」

と言っているようにも見えます。

 

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トゥクトゥクも一般的です。

空港から来るときは、ホテルの迎えの車があったので使っていませんが、帰りは使おうと思い、交渉で4ドルで成立しました。

ホテルで予約すると9ドルなので、そう考えると安いですよね。

5ドルあれば、川沿いのよく行くバーのハッピーアワーで生ビールが5杯も飲めてしまいます。

 

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ベトナムでおなじみのシクロもあります。

まぁ、昼下がりは客が乗るところに運転手が寝ていることが多いですが…。

シクロってブレーキがハンドルについていなくて、サドル部分で引っ張るタイプが多いんですね。

 

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そして、象です。

嘘です。

いきなり現れたのでビックリしたぁ。

しかも悠々とT字路を他の車やバイク、自転車と一緒に渡っていきましたよ。

まぁ、インドには象タクシーがありますけどね…。

 

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いい感じで青信号の人が動くので撮ってみました。

うまく連写できなかったので、絵の順番で行きますね。

そうえいば時間表示の信号機って名古屋で以前、試験中のものを見たのですが、その後、全国に広がっているのでしょうかぁ?

 

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ジョギングしているように見えます。

そういえば、このところ走っていません。

この間、帰ったとき、飲みながらホノルルマラソンに出る約束したような気が…。

マラソンといえば、間寛平さんがアースマラソン20000キロに出発しましたねぇ。

今、ブログを拝見したら、海の上で太平洋横断中でした。

 

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この信号では、この形が一番、好きですね。

以前、靴の連載でインタビューさせていただい陸上の為末選手は、カフェでコーヒーを飲みながらガラス越しに人が歩いたり、走ったりするフォームを見るのが好きだとおっしゃっていたのですが、このフォームどうでしょうかねぇ。

ちなみに為末選手は、アスファルトの食いつきにかなりうるさいです。

一番、好きなアスファルトの食いつきは福岡の博多にあるそうです。

 

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この絵のあと、次にジャンプしそうなんですよね。

でも、そんなことはなく元の絵に戻るんですけど。

ふと信号機を発明した国ってどこだろうって思い、ネットで調べてみたら、1800年代半ばにイギリスでは信号機ができてたんですね。

これまたちなみに日本は1930年に日比谷が最初だそうです。

 

[ UPDATE : 2009/02/19 ]
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花粉症の皆様、そろそろ花粉の季節がやってまいりましたね。

イシコも花粉症だそうですが、お蔭さまで東南アジアを旅しているので杉の花粉症からは解放されているようです。

一応、東南アジアの方々にも、別の花粉症が存在するんですぞ。

それはともかく今日は、プノンペンの名前の由来について僕がお話します。

 

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14世紀末頃、この街は洪水となり、上流から4体の仏像が流れてきました。

敬虔なペンさんというご婦人が、近くの丘に寺院を作って仏像を安置しました。

この場所を「ペンの丘」と呼ぶようになり、それがいつしか街の名前となったわけです。

「丘」というのをクメール語で「プノン」といい、つまりプノンペンになるのです。

今も丘には寺院と写真のような仏塔が残っています。

 

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寺院の中には、メインの仏像の周囲に顔がそれぞれ違う小さな像があるので、自分の好きな像を選んでみるのも面白いですぞ。

像といえば、顔の違いではなく、菩薩像やら如来像やら大乗仏教は、たくさん像に種類があるのに、カンボジアの上座部仏教つまり小乗仏教には、像の種類が少ないようです。

 

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まぁ、とにかくお参りしてきてくださいな。

僕は、ここで寝ながら待っているからさぁ。

そうそう、丘のどの部分から上から入場料がいるのか曖昧だけど、一応、受付の人がいて1ドルいるから用意しておきなよ。

と、ここまでペンの丘の猿がお伝えしました。

 

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