インド(ムンバイ) ARCHVES

ヒンズー教のお祭り「ホーリー」の日、ムンバイからデリー経由でヘルシンキに移動する。
ムンバイからの飛行機が遅れるかもしれない。
早めの便でデリーまで戻ると、予想以上に順調で、フィンランド便の出発時刻8時間前に到着してしまった。

ギリギリで焦るより、空港ロビーのラウンジもしくはカフェで飲みながら、時間を持て余すくらいの方が何倍も気は楽である。
空港ロビーに入る列に並んでいると、前の方の欧米人グループが空港の中に入れず、戻ってきた。
嫌な予感がした。
「出発の3時間前しか入れない。
お前の便は午前2時過ぎだから23時に来い!」
係官にこう言われ、僕も空港に入れなかった。

アバウトな部分も多いが、こういうお役所的な部分があるのもインドである。
と、たかだか10日程度しかいなかった僕が偉そうに言うべきことではないのだが…。
それにしても23時まで5時間ある。
どこで待つか。
空港の反対側に、一応、有料待合室の建物もある。

一応と書いたのは、30ルピー(約90円)を支払うと、完全に飽和状態の椅子だけが置かれた待合室に入れる。
何とか1席確保し、腰を下ろす。
カフェもなく、唯一ある売店でコーラを買い、日本語を噛みしめるようにハナレグミのアルバムを聴き始めた。

23時まで、その椅子に座り続け、ようやく空港ロビーに向った。
今度は、チケットカウンターのインド人係員が、「パスポートの顔が違う」とぬかしやがる。
失礼。「パスポートの顔が違う」とおっしゃった。
しかも上司まで呼びやがった。
失礼。上司までお呼びになった。
確かにパスポートの髪型と今の髪型は違うけれど、軍隊にでも入りそうな今の髪型を創ったのはあんたの国の美容師だ。

やっとの思いでチケットを発券してもらい、カフェでビールを1杯と思ったが、イミグレーションも何が起こるか分からない。
全て終えてラウンジに到着するまでの楽しみにとっておこう。
案の定、イミグレーションの係員は、
「お前、フィンランドのビザは?」
と言うではないか。
フィランドってEUに加盟していて、ビザはいらないはずである。
しかし、先週、ビザ問題でネパールを出られなかったばかりである。
ビザという言葉にナーバスになっている。
少々、焦りながら
「ビザいらないと思うんだけど」
と答えると、
「へぇ~、フィンランドにビザいらないんだ。お前、知ってた?」
的なことを隣の係員に対して、ぬかしやがった。
もう訂正しません。
彼は、そう、ぬかしやがったのである。
ヒンズー語だから、わからないが、間違いなくそう言っていたに違いない。
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僕はパスポートを奪い返すように持ち、フィンランドに向かった。

[ UPDATE : 2008/03/25 ]

路上の青空床屋の隣にバーが目に入った。
ドアは開けっぱなしだが、中は薄暗く、外の太陽とは対照的に、いかにも不健康な香りのする店である。
一杯だけビールを飲むことにした。
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「我々はきちんとしたお店ですよ」
というアピールなのか店員は全てお揃いのユニフォームを着用している。
テーブル席は5つ程度とこじんまりしており、一人で酒を楽しむ男性が、二組いた。
二人ともテーブルには、小さいボトルのウィスキー、水、そして氷の3点セットが置かれ、水割りをちびちび飲んでいる。

僕は奥の椅子に座り、
「キングフィッシャー」
とだけ言うと、それなりに(ここ重要です。あくまでそれなりです)きびきびとした店員が、アルコール度8パーセントの「ストロング」のキングフィッシャービールを持ってきた。
そして、ワインの銘柄を見せるようにビールの銘柄を見せる。
この仕草は、冷え具合を客が確かめるのである。
「オーケー!」
と僕が言うと栓を抜き、グラスにビールを注いでくれる。
少しだけきびきびした別の店員が豆のおつまみを持ってくる。

それにしてもここの店員はユニフォームだけでなく、みんな同じ髭をたくわえている。
これが決まりだとすると鬚がない人はこの店では働けない。
まさかつけひげじゃないだろうか。
それはそれで新しいが…。

一連の作業を終えると店員達は、同じ方向を見て立つ。
それが規則なのではなく、入口の脇にテレビが置いてあり、インド映画が放映中なのである。
まるで日本の食堂で、客も店員もサッカーの日本戦を見ているような光景である。
僕もビールをすすりながら、唄って踊るインド映画を、というより店員の後姿を見ていた。
見えないのである。
自分の立つ位置が客の邪魔になっていることなど、この国の考え方にはない。
ふと店員の髪型も一緒なことに気がついた。
まぁ、インド人の髪型は結構、似ているのだが、彼らの場合、特に襟足のところがストレートに切られ、うなじが全くないのである。

ちょうど、ハリーさんから携帯に電話がかかってきて、バーに行かないかと言う。
岩手の銘酒「南部美人」蔵元の久慈氏も、ちょうどムンバイに来ているので、3人で一緒に飲もうということになった。
90ルピー(約270円)を支払い、待ちあわせのタージマハルホテルの方角へ歩きはじめた。
何となく昨日、切った髪の毛が気になり、後襟を触ってみた。
僕のうなじもなくなっていた。

[ UPDATE : 2008/03/24 ]
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海辺を散歩していると小さな観覧車が見えた。海辺を散歩していると小さな観覧車が見えた。
観覧車と言っても、イメージしているようなカプセル型ではなく、ぶらんこをつなげたような感じである。
しかも電気で動くのではなく、5,6人の男達が手で回す。
手動なので早さも彼ら次第。
安全管理が厳しい日本の遊園地と比べると、別の意味でスリルがある。
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「僕も乗れる?」
チケット売りのおじさんに尋ねると
「15ルピー(約45円)」
と無表情で手を差し出された。
乗ってみることにする。

子供同士か親子、それかカップルしかいない場所にカメラを持った日本人のおっさんが一人で乗りこむのは少々、違和感がある。
小さな女の子の隣に座らせられた。
彼女は僕に、どう接していいのかわからず、僕の顔をじっと見つめた。

観覧車が回り始める。
海辺の景色がきれいである。
昔、ウラジオストックの遊園地で、小さなジェットコースターに乗ったときのことを思い出した。
一緒に乗ってくれた通訳のスヴェチクは元気だろうか。
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「Where are you from?」
隣の女の子が英語で話しかけてきた。
「Japan」
と答えると彼女は、ペラペラ話し始めた。
残念ながら、僕の英語では、ほとんどコミュニケーションにならなかったが、彼女が7歳であること、名前はジャビット(インド人の名前はホントわからないので、正しいかどうかはわからない)であること、好きな食べ物がマクドナルドのハンバーガーであることだけはわかった。

その間、回転は更に速度を増していった。
僕は話せなくなっていたが、彼女は嬉しそうに更に会話を続けようとした。
怖くないのだろうか。
てすりを持っていないと飛ばされてしまうというか死んでしまう。
「いつもより回しています!」
とでも言いたそうに回転させている男達が僕の表情を見て笑っている。
5分くらい回していただろうか。
ようやく回転が緩やかになり、止まりそうな頃、僕はカメラで彼女の写真を撮った。
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昨日の飛行機の疲れとはまた違った疲れが襲い、砂浜をうろうろしている青空マッサージ師に足をもんでもらうイシコであった。

[ UPDATE : 2008/03/23 ]

ムンバイの空港に到着した。
隣の席に座っていたインド人の腕時計を盗みみると、既に深夜1時をまわっていた。
さぁ、移動するぞと張り切ってカトマンズの空港に到着したのが午後1時。
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前回、出国拒否をされた時とは違い、カトマンズの空港のチケットカウンターには行列ができている。
しかも、僕のチケットが出てこない。
昨日の夕方、ギリギリで発券(しかも手書きだった)できたことが影響しているのか、コンピューターの中に僕の名前がなく、カウンターは混乱している。
空いていれば問題なかったのであろうが、本日はほぼ満席のようである。
カウンターの脇で待ちながら、壊れたベルトコンベアの上に、乗客が預けた荷物が山積みになっていく状態を見つめていた。
約10分程度の待ち時間で、何とかチケットが渡された。
またもやトラブルの予感がしたが、出国手続きは、今回は何事もなく通過した。

免税店のあるエリアのカフェでミルクティーを飲んでから荷物チェックを受けようかと思ったが、やはり軍人の念入りな荷物検査を終えるまでは安心できない。
全ての荷物を機内持ち込みにしている僕は、時間がかかることもある。
カフェに行くのをやめ、荷物チェックを受けることにした。
搭乗口の待合室にはカフェどころか売店さえなかったが、搭乗時間まで1時間を切っている。
ミルクティーは飲めなかったが開放感にあふれていた。

画面に出発時刻が1時間程度、遅れることが表示された。
開放感は一気に、不安感へと変貌した。
デリーの国際線の空港から国内線の空港まではタクシーで2、30分程度かかる距離に、離れている。
そう考えると羽田空港と成田空港の移動は、外国人にとっては、かなり大変だろうなぁと考えてしまう。
今はそれどころではない。
デリーの空港でかかる時間のことを考える。
到着した飛行機から空港建物までのバス移動、イミグレーションでの入国手続き、空港に出てからのタクシーの交渉、デリーの半端じゃない渋滞と考えていくとあまり余裕はない。

その為にもカトマンズ→デリー、デリー→ムンバイと同じ航空会社にしたのである。
連絡を取り合ってくれるだろうと。
そうは言っても「インドだもの」。
「そんなの関係ねぇ」
と言われることも重々、承知であるが、少しでも期待を持ちたかったのだ。

結局、デリー到着は1時間以上、遅れた。
イミグレーションの順番を少しでも早くしようと、空港建物までのバスに乗る際、極力、ドアに近いところに立ち、すぐに出られるようにした。
その甲斐あって、イミグレーションは並ばず、スムーズに終えた。

さて、次はタクシーである。
獲物を狙うような眼で待つインド人タクシー運転手達に向おうとした瞬間、僕が乗っていた飛行機会社のカウンターが目に入った。
一応、カウンターでチケットを見せてみることにした。
「国内線の空港に行けば?」
と言われることを覚悟していた彼女の口からは、意外にも、そこに航空会社のバスがあるから乗りなさいと言う。
一般の出口ではなく、専用の出口を出ると、確かにそこには航空会社のバスが停まっていた。

これで大丈夫!
と思っても次の波がやってくる。
30分経っても、バスが出発しない。
既にフライトの時間まで1時間30分を切っていた。

大丈夫かなぁと思っているとバスは出発し、飛行機の滑走路脇の特別な道を走って行った。
渋滞知らず
しかし、最後は外に出なければならず、大渋滞の中に突っ込んでいく。
タクシーで来ていたらと思うとぞっとする。

空港に到着すると既に出発まで40分を切っていた。
しかし、心配するに及ばず。
結局、飛行機は3時間近く遅れたわけで。

ムンバイの空港には、深夜1時にもかかわらず、ムンバイ在住のハリーさんの運転手ラメッシュさんが 「Ishiko」 の紙を持って待っていてくれた。
ここからタクシー交渉がなかっただけでも本当に幸せだった。
パッシングが大好きなラメッシュさんの運転で、無事、ホテルに到着し、ベッドに潜り込み、そのまま、眠りこんだ。

[ UPDATE : 2008/03/22 ]
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