インド(デリー) ARCHVES
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インド駐在員のK氏は、以前、インド人の友人とルームシェアで1軒家を借りていた。
ある日、そのインド人がはいているスカートに見覚えがあった。
彼女のスカートである。
「あれ?それ私のだよね?」
そう言うと彼女はこう答えた。

「私が起きた時、あなたいなかったから」

確かに彼女は正しい。
起きた時にK氏がいなかったのだろう。
しかし、それで彼女のスカートをはく理由にしてしまうのは日本人の考え方からすると受け入れ難い。

某オフィスで、どうしても今日中に終えなくてはいけない仕事をまかされていたインド人が、いきなりソワソワし始め、帰ろうとした。
特に残業しているわけでもないそうだ。
「どうしたの?えっ?なんで帰るの?」
そう言うと彼はこう答えた。

「渋滞になっちゃうから」

確かに彼は正しい。
渋滞になったら家に帰るのは大変になるだろう。
しかし、それで仕事をやめてしまう理由にしてしまうのは日本人の考え方からすると受け入れ難い。

僕は、本日、ネパール移動の為、空港に向った。
チケットカウンター、イミグレーション、荷物検査と当たり前のような行列を突破し、2時間以上かかり、ようやく搭乗ゲートまで辿りついた。
そして飛行機までの送迎バスに乗り込んだ。
満員になってもバスが出発しない。
一人のインド人ビジネスマンが係員に怒った。
「どうしてバスを出さないんだ?」
そう言うと係員は言った。

「ドライバーが、どっか行っちゃったからねぇ」

正しいよ。確かにあなたは正しいよ。
でも、ドライバーを探そうよ。
えっ?ビジネスマンもそれで納得しちゃうの?
日本人の考え方だったら…、いやいや、もうその考え方はやめよう。

現在、インド駐在員の方と、駐在員から見たインド人の言い訳を集めようとしている。
タイトルは

「インド人だもの」

でいかがでしょう?

[ UPDATE : 2008/03/10 ]

地下鉄でニューデリー駅を降り、駅の外にたむろしているサイクルリクシャーをつかまえて約10分程度で行きたい劇場まで到着する。
3回も同じ劇場に足を運んでいるのだから、さすがに慣れてくる。

今日もサイクルリクシャー選びをしていた。
「20ルピー(60円)」
昨日より10ルピー安い。
写真を撮ったからかもしれない。
インド人は、結構、写真を撮られたがる。
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今日は、このお兄ちゃんのサイクルリクシャーに乗ることにした。
家族がいるんだろうなぁと思うおじいちゃんのサイクルリクシャーに乗ってあげたい気もするが、今日は急いでいる。
さすがに若い人のサイクルリクシャーの方が確実にスピードが早いのである。
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しかも今日の運転手は、大通りではなく一本裏の道を走ってくれる。
排気ガスをもろに浴び、しかも車やオートリクシャーと同じ道を走る大通りは結構、怖いものがある。
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「パ~ン!」
音が響き渡った。
高校生の頃、学校まで40分かけて自転車で通った感覚が蘇ってきた。
お尻に凸凹感が伝わってきたのである。

パンク。
運転手は、僕の方をチラッと見ただけで、めげずにこぎ続ける。
確かに劇場の目印であるデリーゲートまですぐ近く。
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無事、到着。
舞台に間に合いそうである。
20ルピーを出そうとすると
「運賃の20ルピーとパンク代で50ルピー」
と言うではないか。
「アホか」
と日本語で言ってしまった。
ただ、まぁ、かわいそうではある。
だからと言って50ルピー払うのも納得がいかない。

「急げ!舞台始まるぞ!」
もう一人の自分がつぶやいた。
プラス10ルピーを渡し、劇場に走った。
あぁ、パンクのタイヤ写しておくのを忘れた。
舞台の方が大事だ。

そこまでして観たい舞台か?
あまりに舞踊がよかったから通っているのだと書きたいところだが、いつ行っても
「今日?やってないよ。明日?多分、やるんじゃない?」
と言われ、3回も通っただけである。
ようやく観ることができました。

[ UPDATE : 2008/03/09 ]
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デリーの地下鉄3日券を購入している。
つまり3日間は地下鉄がフリーパスである。
乗る度にセキュリティチェックを受けなくてはいけないのは面倒だが、タクシーやオートリクシャーなどのように交渉がいらないので気は楽である。
もちろん行先は限られてしまうが、目的など決めないで降りた先を歩くのがセカイサンポなのだから、それでいい。

地下鉄は現在、3路線。
ブルー線、イエロー線、レッド線と色がそのまま路線名になっている。
先日も書いたが、デリーの地下鉄は日本の建設会社が担当した。
そのせいかわからないが車体を見ているとブルー線は東西線、イエロー線は銀座線、レッド線は丸の内線といった具合に東京の地下鉄のように思えてくる。
一番、長い路線のブルー線で終点まで行ってみることにする。

コンノートプレイスの繁華街から20駅も超えれば、きっと風景が変わっていくに違いない。
ブルー線は、繁華街では地下鉄だが、少し離れればすぐに、スカイレール状態(モノレールのような形)になり風景も楽しめる。
住宅街の屋上に洗濯物が並ぶ姿は圧巻である。
写真に収めたいが、車内も駅でもカメラは禁止。
もう捕まりたくないので、景色は頭の中に染み込ませる。
気になった駅は戻ってくる際に降りてみようと駅名をメモしておく。

乗ってから、約1時間。
終点の「Dwanka Sec 9」に到着した。
完全なるベッドタウン状態。
当たり前といえば当たり前である。
中心地から地下鉄で結ばれた場所にマンションはどんどん建設され、ベッドタウン化していく。
デリーの地下鉄もまだまだこの後、延長していくようだ。、それに比例して、ベッドタウンも広がっていくのだろう。

駅に待つタクシーかわりにサイクルリクシャーが並んでいるのがインドっぽいが、繁華街の雑多に集まるサイクルリクシャーと比べると、どこか整然としている。
写真を撮っていると人の気配がした。
軍服を着た強持てのインド人。
何やら言っているが全くわからない。
地下鉄の写真はダメだと言っているようだ。
サイクルリクシャーを映しているのだと撮ったデジカメの画面を見せるが、駅の外観を指し、これがダメなのだと言う。
今回は消せとは言われなかったが、ウエストポーチの中にカメラをしまえと言われる。
小さなウエストポーチに一眼レフはさすがに無理だろうとボディランゲージするが、頑としてきかない。

中に入っているメモ帳、ペン、財布など全て、ポケットに詰め込んだ後、一眼レフを入れてみるが、チャックは閉まらない。
お尻が出たままの一眼レフを見せながらこれで大丈夫かと聞くと
彼は目で
「行ってよし!」
とようやく解放してくれた。

[ UPDATE : 2008/03/08 ]

世界の公衆電話を撮るのが趣味の一つである。
そして、今回のセカイサンポのミッションにも世界の公衆電話を入れている。
これだけ携帯電話が世界中に普及してくると、公衆電話は確実に減っていくはずである。
映画館がシネコンに変わって、特徴ある映画館が減っていくように。
それも自然の摂理であるから仕方がない。
だったら世界中の公衆電話がなくなる前に、できる限り、写真に収めておきたいと思うのもこれまた自然の摂理である。

デリーの街中でも公衆電話はできるだけ撮っておきたい。
しかし、日本で見かけるような公衆電話はあまりなく、貸し電話的なスタイルが主流のようである。
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それとは違った通常の公衆電話を地下鉄の改札近くで発見したのである。
と言いたかったが、僕が言えたのはただ一つ。
「I’m sorry」
公衆電話を撮っていて捕まってしまったのである。
彼も片言の英語。
「No,photo」

なぁんだ。僕と同じ英語力じゃん!
とは言えない。
彼の眉毛は吊り上っている。
言葉はわからなくても表情はわかる。
確実に彼は怒ってる。
確かに禁止事項の中にカメラでの撮影が入っていた。

その場で結局、全ての写真を消させられた。
でも、ごめんね!インド!
いくつか写真が残っていた。
というか意識的に残してしまった。
インド大使館の人も観光局の方も少し目をつぶってくださいませ。
せっかく撮ったのに、少しは残しておきたいのです。
これも自然の摂理なのである。
でもって、これが地下鉄に備えつけられた電話である。
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[ UPDATE : 2008/03/07 ]
タクシー会社に電話をすると、
「あれ?頼んだっけ?」的な反応が返ってきた。
しかも、結局のところ、「今、車ないんだよねぇ」。
何だか言い訳も言っているようだが、僕の英会話力に加えて、インド人発音の英語である。
ほとんどわからない。
20分程、格闘した挙句、ぐったりして電話を切った。

現在、グルガウンというデリー郊外に滞在している。
車がないと、デリーの街まで出掛けられない。
外を歩いてみることにした。
車は走っているものの、タクシーも走っていなければ、オートリクシャー(タイでいうトゥクトゥクみたいなもの)も走っていない。
リクシャー(自転車タクシー)はあるが、きっと2時間以上、かかるだろう。
牛がやってきた。
あまりにも堂々と道の真ん中を歩いている姿に惚れ惚れしてしまい、じっと見つめてしまう。
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昨日も書いたが、牛はヒンズー教の彼等にとっては神様である。
牛が横切れば、車は停まる。
まさに
「お牛様」
なのである。
江戸時代徳川綱吉の「お犬様」は車こそなかったが、こんな感じだったのかもしれない。
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その牛は、らくだのようなこぶを持っていた。
その牛は、何度も中央分離帯に到着する寸前で立ち止まる為、片側2車線の車道は、1車線になっていた。
その牛は、考えているような顔をした。
その牛は、よだれを垂らし始めた。
面倒になってきた。
牛が考えているとか悲しそうな目をしているとか擬人化して見るのをやめ、ただ、ただ、僕は牛を見つめることにした。
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あまりに動かないので僕もしゃがみこむ。
しゃがむと周りは牛の糞だらけになっていることを今更ながらに気がついた。
インド人達は牛をじっと見続ける僕を不思議そうに見ていた。
彼等にとっては牛は空気のような存在なのかもしれない。
神なのに…。いや、神だからか?
気がつくと1時間半が経っていた。
中央分離帯に位置していた彼は、また渡り始め、元の場所に戻ってきた。
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僕を一瞥すると、夕陽に向って歩いて行った。
筆を取って相田みつおのように牛の隣に「牛だもの」と書きたくなった。
タクシーなんてどうでもよくなっていた。
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[ UPDATE : 2008/03/05 ]
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デリー到着から3日間。
高級接着剤で有名なスリーボンド土田氏のマンションに、お世話になっている。

駐在員の暮らしに触れ、大使館に勤める方や駐在員の方々とも飲ませていただいた。
デリーで開催中の欧州男子ゴルフ選手権を拝見し、清田選手の奮闘ぶりも拝見した。
国技とも言えるクリケットを初体験させていただき、ルールを覚え、人気選手の年棒が7000万円ということまで知った。
セカイサンポなのにまるで散歩をしていません。

ともかく、この3日間で土田氏はじめインド在住の日本人から、インドの話を山ほど聞き、脳からこぼれおちそうである。
その中から10個、選びだしてあげておく。

●21世紀のインドは、中国を抜いて世界一位の人口になること(世界の4人に1人がインド人というのは何とも不思議な気持ちになります)。
●自動車のシェアはスズキが50パーセントだということ(スズキとは意外でした。ちなみに2位が国産のTATA、3位が韓国のヒュンダイだそうです)。
●デリーの地下鉄は日本の建設会社が担当し、開通予定の日に出来上がったことでインド国内が驚いているということ(日本からすると当たり前なんですけどね)。
●停電が度々、起きるということ(このブログを書いている間にもまた落ちました)。
●言葉が多すぎて、インド人同士の共通言語が英語のことも多いということ(紙幣に現在、インドで使われている言葉の一部の16が書かれています。その共通語がヒンズー語という前提はあるのですが…)。
●ヨーロッパの人々は中国より、インドに目が向いているということ(中国人より英語を話すということが一番、大きいのでしょうが、ゴールドマンサックスが2050年にインドが経済国のベスト3に入ると予測していることも気になります)。
●インド人は中国人のことがあまり好きじゃないということ(チャイナタウンがこの国に見当たらないというのも、ひょっとするとこのことが影響しているのかもしれません)。
●人を傷つけるより、牛を傷つけた方が慰謝料は高くなるということ(ヒンズー教は牛を食べません。マクドナルドに行ったのですがビーフはなく、チキンやベジバーガーなどメニューもこじんまりしています。しかもこの国の物価からすると高い食べ物です)
●法律上でカースト制度はなくなっているが、実際は、未だなくなっていないということ(昔ながらの職業によってわけられてしまっているので、ITのように新しい職種はカースト制度に含まれていないため希望の職になるようです)
●結婚は親が決めた相手とするのが今でも常識であるということ(そういえば街でいちゃつくカップルを見ていません。そのかわり仲のいい男性が手をつないでいるのはたまに見かけます。それは決してゲイカップルではなく、ただ単に仲がいいだけなのだそうです)

さてさて、全体像もわかったところで、イシコ目線を開始します。

[ UPDATE : 2008/03/04 ]

(成田→デリー:JAL機内食)
>> 「泣きながら喰らふ!」

(成田→デリー:JAL機内食2)
>> 「ローストビーフサンドはビールか?赤ワインか?」

[ UPDATE : 2008/03/03 ]
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